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 香川県の東北部に位置し、東は津田、西は牟礼・三木、南は長尾・寒川の各地域と隣接し、北は瀬戸内海に面して屈折した海岸線をもち、志度湾・小田湾などの湾入があります。
 また、志度は、標高200m前後の断続する山地が大部分を占め、中央部を北流する鴨部川沿いと湾岸に低地部があります。
 昭和30年1月1日、旧志度町と鴨庄村・小田村が合併して志度町の名称を存続させ、翌31年9月鴨部村を編入しました。
 志度はもともと多和と呼ばれた地であるが、沖の渡舟が船賃を定めず客の志によって受け取っていたので志度の名が生まれ、その後、志度になったといわれています。
 産業は主として米・麦およびブドウ・桃・ミカンなどの農業と、小田の遠洋漁業に支えられ、特産に、明治以来作り続けられている、「桐下駄」があります。(高松市への通勤者も多い)

 主な観光名所は志度寺・平賀源内旧宅等がある。
 
 志度寺は海に近い所にある真言宗の寺で、四国88ヶ所霊場の86番札所になっている。寺伝によれば、推古天皇の時代(596〜628)、土地の薗子尼が志度浦に流れ着いた霊木を引き上げ、不思議な童子の力をかりて十一面観音を刻み、一間四方の小堂を建てて安置した。これが開基とされます。

 
 平賀源内旧宅はエレキテルの発明者として知られる平賀源内の旧宅で、今なお昔の面影を残しています。
 建物は入母屋造り、瓦ぶき2階建て、白壁と渋い感じのたて繁格子が印象的で、隣接して主屋の一部を利用した遺品陳列館と源内羽織をつけ足元にエレキテルを置いた源内の立姿の銅像があります。
〔HP/平賀源内先生遺品館
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